粗大ゴミ 川崎がプライスダウン
経済的にも、文化的にも、地理的にも、身体的にも、言語的にも、心理的にも優位に立つ「輸入」する側に対抗して、「輸入」される側の人権をまもる運動が求められているのである。
過疎地の国際化が内に秘める会社中心社会を変革する力は、花嫁の『商品化』を改め、対等な人間関係を作らない限り、十全に開花できないであろう。
彼女たちを商品として扱いつづけるか、それとも明日の社会を築く共同生活者とみなすか、日本社会そのものが問われているのである。
スリランカで見習い看護婦だったプリヤーニさん(本人の希望により本書ではこの通称名を用いる)は、日本でのコンピュータ研修という新聞広告に応募して、コロンボでT結婚相談所長の面接を受けた。
しかし、研修は花嫁募集の口実にすぎず、五〇歳をこえたA氏との結婚を強要された。
ところが、半年後に妊娠の兆候がないなどの理由から、離婚書への署名を求められた。
彼女はこの理不尽な要求に同意せず、八八年五月に重病の父親に会うため一時帰国した。
その留守中に、A氏はN所長と共謀して、彼女の署名を偽造した離婚届を、都内の区役所に提出した。
そして、同所長の斡旋するスリランカ女性と再婚した。
この事件は、プリヤーニさんが離婚届の偽造を、警視庁に刑事告訴することから始まった。
ついで、彼女は離婚無効確認を求める民事訴訟を、東京地方裁判所に提起した。
最後に、京都地方裁判所において、結婚斡旋業者に損害賠償を請求する民事訴訟をおこなった。
事件の概要をプリヤーニさんの立場からではなく、巻き込まれていった私の立場から述べたのが、一九九二年五月六日に京都地裁でおこなった私の証人陳述である。
その要点を、ここに再録したい。
配偶者を見つけることの困難な日本人男性に対して、スリランカ女性との国際結婚が進められている件について、最初に当事者から相談を受けたのは、一九八六年九月のことである。
二人の若いスリランカ女性が、シンハラ語の日曜紙『シルミナ』を手にして、コロンボ滞在中の私の宿舎を訪ねてきた。
「日本の医師やエンジニアが、スリランカ女性との結婚を希望しているという話は本当ですか。
本当なら、私たちも日本へ行きたいと考えています」という相談だった。
その新聞を読んでみると長野県上田市にある日産自動車のエンジニアがシンハラ女性と結婚した、という記事が写真入りで報道されていた。
「たしか上田市には、日産自動車の工場はないはずですよ。
慌てて決めないで、慎重に考えたほうかよいでしょう」スリランカでは、エンジニアといえばプラントの設計や工場の生産管理を担当する専門職を意味する。
そのころN貿易振興会のコロンボ事務所でも、「上田市の結婚斡旋業者からスリランカ花嫁を輸人したいので援助してほしい、という要望がありました」と話していた。
帰国後、在日スリランカ留学生からも、多くのシンハラ人花嫁が長野県で苦労しているばかりでなく、人権侵害問題もあるとの相談を受けた。
青年海外協力隊の講師として長野県駒ヶ根市を訪ねた機会に、T結婚相談所と協力している国際結婚に熱心な青木村役場まで足を運んだ。
アジア太平洋資料センターの人たちといっしょに、S結婚相談所のN所長を訪ねたのは、一九八七年九月一日だった。
「結婚難の日木人男性を救済し、アジアの貧しい女性に日本の豊かな暮らしを味わってもらう。
大企業ばかり儲けさせている政府の経済援助に憤りを感じ、私は実際に民衆の利益になる事業を始めた」と同所長は主張していた。
「昨日も技術研修と国際結婚とを兼ねて二一名のスリランカ女性が着いたばかりだ」という話もした。
このとき結婚相談所の二階で約一〇名の花嫁候補にインタビューをした。
彼女たちは慣れない日本生活の不安を、口々に私たちに訴えた。
しかし、「マスコミの取材陣を待たせている」というN所長に急かされ、やむなく彼女たちに「困ったことがあれば連絡して下さい」と、私の名刺を渡して辞去した。
プリヤーニさんも同じ建物のなかにいたそうである。
しかし、来日したばかりのため、私のインタビューの席には来なかったので、会っていない。
その後も、ほかの結婚斡旋業者やスリランカ花嫁を訪ね、面接調査を重ね、少しずつ実情が理解できるようなった。
同業者や村役場の人たちも、スリランカ女性を研修目的で集団で来日させ、最低三〇〇万円で過疎地の男性に斡旋し、残った女性を三八万円で長野県内の電子部品工場の労働力として斡旋する、というN所長のビジネスには、多くの問題があると指摘していた。
スリランカ花嫁たちからも、電話や手紙で、「人間らしく扱ってほしい」との声が届いたので、同年二月と一九八八年一月に再び長野県のシンハラ花嫁と低賃金労働を強いられている工場労働者を訪ねた。
プリヤーニさんの名前を知ったのは、翻訳会社からスリランカの婚姻証明書の翻訳依頼があったからである。
東京外国語大学で、シンハラ語研修テキストを作成して以来、このような翻訳依頼はよくある。
しかしこのケースが記憶に残っていたのは、夫の住所が過疎地ではなく東京であり、配偶者間の年齢差が二六歳もあったからだ。
M弁護士が法務局から取り寄せた離婚届には、私の翻訳した婚姻証明書が添付されていた。
しかし、なぜか婚姻証明書の最初のページだけである。
そのうえ、「これはシンハラ語を日本語に翻訳したものに相違ないことを証明します」と記され、N所長の息子の署名と捺印がある。
そこで、その本人に電話し、[どこでシンハラ語を勉強されましたか]とたずねた。
するとシンハラ語は少しも知りません。
父親にいわれて署名、捺印しただけです」という返事だった。
一九八八年二月に、シンハラ女性の人権を守る必要について『M新聞』に談話を発表した。
このときの記事がきっかけになって、国会でスリランカ女性の人権問題が取り上げられ、T結婚相談所が推進した研修名目のスリランカ女性斡旋は、入国管理局によって許可されなくなった。
同年三月、在留期間を更新できなかった女性たちの帰国便に同乗し、コロンボへ渡航した。
そして、どのような仕組みで、彼女たちが送り出されたか調査した。
花嫁と女性工員の苫難は、スリランカの新聞でも報道され、いくつかの人権擁護団体からも協力を求められた。
同一九八八年一月、長野県在住のシンハラ女性からプリヤーニさんの偽造離婚届の相談を受け、会って話を聴いた。
行為をやめさせるために、訴訟を起こすなどの手段を取りたい、という希望だった。
この事件をきっかけに、ほかのアジア諸国からの花嫁たちが、「商品」のように扱われる人権侵害をなくしたい、ともいっていた。
プリヤーニさんの話を聞いたあと、私は東京に赴き、Aさん宅を訪ねて、離婚届を出した側の言い分も聞いた。
N所長が斡旋した二人めの配偶者であるBさんにも会い、彼女がやはり研修名目で来日し、長野で六ヵ月間働いていた事実も知った。
双方の話を聞いたのも、プリヤーニさんに対する人権侵害の救済が必要だと判断した。
そして、一九八九年四月に、M弁護士と警視庁に同行し、プリヤーニさんがN所長とA氏を文書偽造罪で告訴した事件の通訳を引き受けた。
告訴のあと、在日スリランカ大使館に赴き、詳しく報告した。
K大使はこの問題に強い関心を持ち、プリヤーニさんを励ますために京都の集会にまで足を運んだ。
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